わが妻、卑弥呼の「勝ち組」話

わが妻、卑弥呼の口癖はいろいろあり、その一つ一つが耐えがたいのだけど、もっとも不快な口癖は「わたしは勝ち組」だと思う。


そもそも、「勝ち組」の「勝ち」はともかく、「組」がわからない。卑弥呼が大王で、他は卑弥呼に従うしかないのだから、「勝ち人」であって「勝ち組」と複数形にする必要はないはずで、実は独り勝ちの状況を申し訳なく思っているのかもしれない、と勘ぐってしまう。そんなぼくの気持ちは知るよしもなく、卑弥呼は「勝ち組」「勝ち組」と朝から晩まで騒々しい。


彼女が勝っているのは周知の事実で、それを確認すればするほど「何度も確認しなければならないということは、もしかしたら本当は勝っていないのか?」という疑念が沸いてくる。真実を100回言えば、それは嘘になる。いくら言いたくなったとしても我慢した方がよいと卑弥呼に伝えたら、
「それは困る。言わないと禿げるんじゃないかと思う。言いたい放題言っているが、周りの人には聞こえないようにしたい。何かいい方法はない?もし、いい案がないのであれば、国民の耳をそぎ落として、音のない世界に住んでもらうしかないわ」
平然とそんなことをいう。いくらなんでも残虐すぎるし、「わたしは勝ち組」が聞こえないのはよいけど、敵が襲ってきたときの音が聞こえないと困るので、ぼくはない知恵を絞った。
数日の間、考えて、ぼくが思いついたのは、「勝ち組」という言葉を、別の言葉とぶつけると、別の言葉に聞こえるのではないかという仮説だった。

さっそく、奴卑に命じて、勝ち組勝ち組と叫ばせた。勝ち組でない彼にこんな言葉を叫ばせるのも酷な話だけれど、実験が成功すれば、この不快な言葉を聞く機会も減るだろう。ぼくはいろんな言葉を試してみた。最初は適当にわめいてかき消そうとしていたのだけど、奴卑は、かき消されまいとなぜか努力し始めたので、まったく無駄に終わった。
しばらく次の手を考え、もしや、と思い、意味的に逆の言葉をぶつけてみた。奴卑の言う瞬間に合わせ、負け組負け組とぼくは叫んだのだった。


すると、元の音とは似ても似つかない大きな音の固まりが発生し、耳が破れそうなくらいになった。それに耐えながらも何度か続けると、近くの家の軒先に干してあったイカたちが、一斉にいい味がしそうな白い粉を吹き始めた。その粉を口にすると、体験したことのない旨味が全身を駆け抜けた。まるでつま先すらも舌であるかのように、汗ではない液体を分泌していたほどだった。ぼくは慌てて実験を中止し、奴卑たちを2人1組にしてイカの前で叫ばせ、大量の白い粉を生産させることにした。


素晴らしい粉末を得られた今となっては、卑弥呼の口癖など大した問題ではないが、奴卑たちが、一日中「勝ち組」と叫んでいるため、感覚が麻痺し、意味を伴わない音声の集合にしか聞こえなくなってしまったので、結果として「勝ち組」という言葉は意味を失うこととなった。