わが妻、卑弥呼の起床時間が遅すぎる件

年が明けたのに、相変わらず卑弥呼の朝は遅かった。
年末に、
「元旦は早朝から決意表明などをするので絶対に早起きして集合、集まらなかった者は煮て肥料にする」
と言い放っていたというのに。彼女は揺すっても絶対起きることがない。


単に振動を与えただけでは物足りないと思っているのかもしれない、体を前後に揺すられるだけで機嫌良く起きてしまうなんて、邪馬台国の王を名乗るには安すぎると考えているのだろう、と思って、普段は飾りとして置いてある銅鐸を鳴らしてみた。飾り用の銅鐸なので、魚の内臓を連想させる濁った音が出るのだけれど、その不快な音に驚くこともなく、彼女は目を閉じたまま微笑みを返すだけだった。


人間の体というものは不思議なもので、連続して九時間以上眠ると、「もうこの体は終わりだ」と体自身が判断するらしく、徐々に腐り始め、ほんのりと死臭が漂い始める。卑弥呼は起きているときは神経質で、奴卑とすれ違ったときの生臭い匂いを、自分の匂いではないだろうかと誤解して、異臭を放つ奴卑とすれ違うたび「臭くないか」と尋ねてくる。正直なところ、肉を大量に食べ、長時間寝た時などはたしかに臭いのだけれど、もしそこで正直に返事をしてしまうと、いっそう質問の頻度が高くなることが予想され、
「臭くないよ」
「本当なの。前はわたしのことを臭いって言ったじゃない」
「いや、今思うと、あれはぼくの思い過ごしなんだろうと思う」
というやりとりが必要になる。だから、どれだけ鼻が曲がりそうな悪臭をわが妻が放っていようが、「臭くない」と答えることにしている。それはそれでぼくにとっては好都合かもしれない。なぜなら、ぼくの鼻は少し曲がっていて、臭い妻といっしょにいたら逆方向に鼻が曲がることで補正され、まっすぐな鼻になるのではないかと期待しているからだ。


話が横道にそれてしまった。ぼくの鼻がいくら曲がっていても歴史には何の影響もない。音や振動では決して起きようとしない彼女は、自分の腐りかけた匂いを察知して、ようやく目をこすりながら欠伸をする。彼女は毎朝、死の淵に立ってからでないと起きることができないのだった。


彼女が起きない理由として挙げているのは、ありがちだけれど、「低血圧だから」という理由で、ではそれを直すために、猪の血でも何でも、お好みの色と匂いの血を探してきて、それを注入すれば血液の量が増え、血圧が上がるのではないか、生臭いのが嫌ならハーブを混ぜたりすればいいじゃないかと言うのだが、それは絶対にいや、と言う。血色がよくて誰よりも早起きするのは下品な女のすることだと思っているらしく、アンニュイに昼ごろに起きたいようだった。それが彼女らしさの証だという。しかし、首長のアンニュイな起床のせいで、隣の地域の野蛮人たちの侵攻を許してしまったことは一度ならず二度三度とあったのだった。