わが妻、卑弥呼の新年のあいさつ

元日にはあいさつをすると言っていた卑弥呼だけれど、実際のところ、卑弥呼以外の者には暦がどうなっているかはわからない。卑弥呼が日だと言えばそれが元日になる。彼女が
「そろそろ今年も終わりね…」
と言いだしたら、皆は竪穴住居の中に乱雑に置いてある干物や木の実、米などを大急ぎで片づけて年越しの準備をする。整理されていない食物たちは、なんだかたくさんあるように思えるが、片づけてしまうと、ほんの一握りしかないという事実が明るみに出てしまい、暗澹とした気持ちになるので、あまり掃除は好きではなかった。しかし年末くらいは片づけをしておかねばという義務感でなんとかするのだが、次の日に卑弥呼が、
「よく考えたら、今年はまだもうちょっとあるわね」
と前言撤回し、国民たちが家に戻って散らかし直すことも多かった。気分に任せて行動すると、ろくなことがないということを最近学んだらしく、今回はすんなりと正月を迎えた。
卑弥呼は寝坊して、薄暗くなってきてから、新年のあいさつを祭殿の下で行った。


「えー今年は旅に出ることにする。自分探しの旅にね。いいかな?」
100人近くの国民がいたが、無反応だった。卑弥呼は、皆が困ります、と口々に言い、いつしかそれが大合唱のようになるところを妄想していたのだが、とんだ期待外れだった。
「えへん…もちろん、わたしだけが出ていくと皆はたちまち困ってしまうだろうから…困るだろう?」
国民たちは先ほどの無反応について速やかに反省したらしく、今回は
「困ります」
と異口同音に返事をした。卑弥呼は満足そうに
「そうね…みんなでいっしょに自分探しの旅に出ることにしましょう。集団で旅をしながら、一人一人、自分を探すの。どうかしら」
国民たちは黙っていた。今まで耕した畑や田圃、何度も指を切りながら完成させた竪穴住居を打ち捨てて旅に出てしまうことで、かえって自分を見失いそうだと思ったが、逆らう気にはなれなかった。こういうときは、適当にうなずいておけば、いつしか忘れるに違いない、と期待していたが、実際、翌日には忘れており、国民を挙げて遊牧民のように出ていくようなことにはならなかった。